諸堂と仏像|下関長府にある紅葉の寺、覚苑寺へようこそ。

覚苑寺

諸堂と仏像

諸 堂

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本堂  
この建物は、周防三田尻(現・防府市)にあった黄檗宗寺院の海蔵醍醐寺の本堂として寛政六年(一七九四)に建立されたもので、明治八年(一八七五)、廃寺となっていた海蔵醍醐寺から覚苑寺に移築されました。正式には大雄宝殿(だいおうほうでん)といいます。
 江戸時代に隠元禅師が黄檗宗とともにもたらした中国明朝の建築様式を備え、江戸時代の黄檗宗寺院の典型的な特徴を示しており、建築史的な価値が高く、市の指定有形文化財に指定されています。

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庫裏
正式には方丈(ほうじょう)といいます。明治に入り、勝山御殿が役目を終え解体された折、当山の庫裏に充てるため移築されました。ちょうど勝山御殿の玄関部分に当たり、江戸時代中期の大名屋敷の形式を残しています。
因みに勝山御殿とは、幕末の攘夷戦に備え、藩邸を海の近くの危険な場所から移す必要に迫られ、内陸部勝山の地に急遽造営されたお城です。1864(元治元)年2月の藩主入城後、長府藩はここを拠点に四国連合艦隊との戦いや四境戦争に臨みました。
幕府の築城禁止令に触れないよう、御殿(ごてん)と称しましたが、実態は総石垣造りの本格的な城であったようです。

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釈迦三尊像
本堂にお祀りしてある仏様です。中央に釈迦牟尼仏、両脇侍に迦葉、阿難の両尊者。

達磨大師

東天第一祖 達磨大師像

開山悦山禅師

開山悦山道宗禅師像
 中国福建省泉州の出身で、亘信行弥について嗣法。のち長崎に渡り、木庵の弟子となりました。
 大阪の舎利尊勝寺や西海寺にも住し、当山開山の後、大本山万福寺の第七代管長を務められました。
 たいへんな能書家で、黄檗流書風の神髄とされます。そして、「悦山禅師語録」を残されました。
第二代住職には、悦山禅師の門弟で、江戸瑞聖寺の第十一代住職であった祖春禅師を迎えています。

素岳禅師像

当山第四代素岳禅師像

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